まだ無名の風景たち

そしてその情景

信用と見返り

 先日、自分は誰のことも信じないと豪語する人がいました。いろいろ裏切られた経験があるから、とその人は言っていました。「例えば、君はクビです、と突然言われたらどうしますか?」とその人は言うわけです。

 僕は、なぜかこの話に違和感を覚えました。何か心に引っ掛かるのです。いろいろ考えていると、ふと気がついたことがありました。この人の話は、「あなたは自分を雇ったのだから、自分を首にするのはおかしいはずだ」という前提があって初めて成り立つのではないか。さらに踏み込むと、「私はあなたを信頼したのだから、それに対する見返りがなければならない」という理屈がこの人の前提になっているのではないか。
 
 仮にこの仮説が正しいとすると、この時点で、すでにふたつのことが明確になりました。
・そもそも、まず初めに人を信頼することが前提になっている
・その信頼に対する見返りを無意識のうちに求めている
 
 あなたは、自分は人を信じないと言いましたが、それは嘘です。すでに、あなたは人を信頼しています。そうでないと、あなたの言っていることがそもそも成り立ちません。
 あなたは無意識のうちに人を信頼し、かつ無意識のうちに他人に何かを期待しています。そしてあなたは、その期待したものがなかったり、あるいは期待した以下のものであったりすると、それを裏切りと呼ぶのではないでしょうか。(これが僕の心につっかえていたものだと思います。僕には、これは傲慢のように思えました。あなたは労せず何かを得ようとしているように見えました)
 
 あなたがあの時言うべきだったのは、「私は誰のことも信じません」ではなく、「私は見返りの大小を気にしません」だったか、あるいは「見返りのない人はいりません」だったのではないでしょうか。
 
 面と向かって、「私は誰のことも信じません」と言われて、正直なところ、僕は良い気分ではありませんでした。
 一体、僕はあなたにどう見られていたのだろう。