まだ無名の風景たち

そしてその情景

風邪を引いた日、そして思い込みの強さ

 

こんにちは。

突然ですが、「〜せねばならない」という思い込みというのは強いものですね。

 

1週間位前のことでしょうか、
天候がおかしくて(2週間位ずっと曇りだった)、それに仕事が嫌で嫌でたまらなくて、
わたしは風邪を引いてしまいました。

 

朝目が覚めたとき、会社行こうかどうか悩みました。
というのも、その日はプログラムのレビューがあって、
それには出たほうが良いのではないかと思ったからでした。

 

(会社に行かなければ・・・)
わたしは頭の中でそう思っていました。それに、
(もし休んだら、「あいつは逃げたね」って会社で言われるんだろうな・・・)
などと勝手な連想もしていました。

 

でも、体は正直です。
喉が痛くなって、咳が出始め、関節痛がし、熱っぽくなる。
いつものパターンでした。

(ほんとうに風邪を引いているのだから、それを言い訳にして休んでも良いだろう・・・)
わたしは自分にそう言い聞かせました。そして、
(ええい、休んでしまえ!)
と腹をくくって、会社に連絡を入れました。

 

わたしはごろんと布団に横になって、静かになった部屋の中でひとり考えました。
(ほんとうに休んでいいんだよ。風邪引いているんだし・・)
そう自分に言い聞かせて、眠りに落ちました。

 

この日は金曜日だったので、わたしは3連休できることになりました。
3連休のあいだで、わたしは風邪を治すことができました。

 

***** 


あとになって思うと、
わたしは、あのとき休めて本当に良かったなと思うのです。
あの3日間があったことで、
いや、あの1日があったことで、精神的にすごく楽になったのです。

 

どうやら、わたしは会社を休むのに、
わたしを監視しているわたしを納得させる必要があったのです。

 

わたし:「会社を休みたいのですが・・・」
監視しているわたし:「なぜだね?」
わたし:「仕事がきついです・・・」
監視しているわたし:「それは怠慢ではないか?逃げようと思っていないか?」
わたし:「・・・」

 

わたし:「会社を休みたいのですが・・・」
監視しているわたし:「なぜだね?」
わたし:「風邪を引いてだるいです・・・」
監視しているわたし:「たしかに風邪を引いているようだな・・・。わたしも体がだるいよ・・・。仕方あるまい」


わたしを監視しているわたしというのは、
わたしの外部にある世の中の規範、道徳、倫理といったものが、
わたしの中に内面化されたものです。

 

わたしは、そのわたしを監視しているわたしと対立している状態にあったのです。
「会社に行きたくない」というわたしと、「会社に行かなければならない」というわたしが、対立していたのです。

 

そして、その解決策として、わたしは風邪を引いたのではないかと。
わたしとわたしを監視しているわたしは風邪を引くことによって、
ようやく利害が一致し、「休む」ことができたのです。


*****

 

あまりにもつらいとき、苦しいときは、
環境を変えてしまうのがいちばんです。

 

けれど、いざ逃げようとするとき、
逃げたくても逃げさせてくれないのは、実は自分自身なのかもしれませんね。

 

強い思い込みがあなた自身を束縛していませんか?

 もっと楽して良いのかも、もっと自分で選択して良いのかも。

ではでは。